大判例

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名古屋高等裁判所 昭和45年(行コ)18号 判決

控訴人(原告)

河村勇

訴訟代理人

竹下伝吉

外二名

被控訴人(被告)

指定代理人

松沢智

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実および理由

控訴代理人は、「原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し金六四万三、〇三三円およびこれに対する昭和四二年二月一一日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠関係は原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

当裁判所の判断による控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものと考える。その理由については左のとおり附加するほか原判決の説示するところと同一であるので原判決理由記載をここに引用する。

再競売をするべき場合として、民事訴訟法第六八八条第一項は、競落人が代金支払期日にその義務を完全に履行しないときと規定する。二人以上の者が共同して競落人となつた場合、右の「競落人がその義務を完全に履行しない」とは、競落代金全額が完済されないことをいうものと解すべきであり、これは同法第六八七条の競落不動産引渡を求めうるための代金全額とは、すなわちその文字どおり総代金の完済をいうのであり、一競落人が競落人の数に応じて総代金額を均分した額を支払えばたりるというべきではないのと照応する。これに反して、代金の一部たる均分額の支払がされたからといつて、その支払競落人の競落分については再競売をするべきではないとか、その競落人が対応持分のみについてであれ、競落不動産の引渡を求めうるなどと解した場合おこるべき法律関係の混乱を思えば、前述のように解すべきものとするのが相当である。

そうして、同法第六八八条第五項に規定する再競買に加わることができず、保証金等の返還を求めえない「前の競落人」というのも、前の競落人のすべてであり、代金中均分額の支払をすませた競落人はこれから除かれると解すべきではない。すなわち、右規定は文言上も単に前の競落人というのみであるし、前述のように、複数人で共同競落した場合、その内部的な事情はどうでもあれ、代金全額の支払がされない限り再競売手続が開始されるのであり(反対に、競落人中の誰かが全額の支払をすれば再競売という不要な手続の開始を避けることができる)、そのようにして再競売がされるに至つたことにより、競売債権者ないし債務者に生じるべき損失は、なんらかの共同関係にある競落人全員に共同して負担させ(同第六項)、それによつて前競売人中の特定人に生じた損失は、競落人ら内部での求償清算に委ねることとしたのが、右第六八八条の法意であると解される。

そうすれば、右にいう前の競落人である控訴人はその競買のため預けた保証金の返還は未だ求めうべくもないということになる。

よつて本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(西川正世 丸山武夫 山田義光)

《参考 原判決》

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は被告に対し金六四万三、〇三三円とこれに対する訴状送達の日の翌日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決と仮執行の宣言を求め、請求の原因として(一)原告は昭和四一年一〇月一四日名古屋地方裁判所昭和三九年(ケ)第一七五号不動産競売事件の目的不動産(土地、建物)を代金金一、五〇五万円で松田吉男と共同競落(各持分は二分の一)し、同人とともに保証金金一五〇万五、〇〇〇円(原告分は金七五万二、五〇〇円)を執行吏に預けた。(二)原告は右競落代価の支払指定日である昭和四一年一二月一二日及び再競売期日の三日前である昭和四二年一月一四日の二回にわたり原告の右二分の一の持分競落代価残額金六七七万二、五〇〇円に諸費用を加え合計金七三〇万円を名古屋地方裁判所に提供してその受領を求めたところ、松田吉男がその二分の一の持分競落代価を提供しないとの理由でその受領を拒絶され、再競売手続がなされた。(三)原告は前記競売手続において松田吉男とともに二分の一宛の持分取得を目的として右目的不動産の持分の競落をなしたが、この競売代金支払につき松田吉男の分に対して連帯責任を負担する法律上の根拠はどこにもない。このことは裁判所より競落人に対し競買代金の払込通知をする場合各別にその負担部分について代金払込を請求している点からもうかがえる。(四)ただ二個以上の不動産の一括競売の場合においてその内一個の不動産のみの競落を許さないのと同じ趣旨から一個の不動産の競売手続において一人の持分競買人について代金未払のため再競売手続を進め、代金の支払をした他の持分競落人の競落のみを許可することのできないことは当然である。しかし持分競落人(共同競落人)は他の持分競落人の代金払込について連帯義務のないことは右に述べた通りである。このことは民法第三〇四条における競買代金の不足額の計算についての責任関係においても同様である。持分競落の前売競落人はその持分の範囲において競落人としての責任が残るのみである。(五)従つて他の持分競落人の競落代金について未払がある場合には他の一方が自分の持分に関し払込を完了しても当該競落全部が不成立になつて競落許可の決定ができないだけであつて自己の持分に対する代金払込を有効に提供した者は他の持分競買人の不履行を原因として債務不履行の責を負わされることはない。(六)よつて民法第三〇四条の前競売手続における競買代価と再競売手続における競買価格との不足額に対する前競買人の責任問題は代金未払の、これを本件についていえば松田吉男の債務不履行の責に帰すべきもので原告にその責任を負担させる法律上の根拠はどこにもない。(七)従つて競買人の債務不履行(代金不払)による損害賠償の負担として出した保証金は債務不履行の存しない提出者(競買人)に当然返還さるべきである。よつて原告は被告に対し右保証金のうち金六四万三、〇三三円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日より右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べた。

被告は主文と同旨の判決を求め、答弁として、請求の原因たる事実(一)の点を認め、同(二)のうち代金支払期日が昭和四一年一二月一二日と指定されたこと、再競売期日の三日前が昭和四二年一月一四日であつたこと、原告が右各期日に競落代金並びに諸費用として金七三〇万円を裁判所へ持参して提供したが松田吉男が持参しなかつたためその受領を拒絶したことを認める。なお松田吉男が二分の一の持分競落代金を提供しないとの理由でその受領を拒否したとあるが、それは松田吉男が代金を持参しないために支払義務を完全に履行しないものと認めて再競売を命じたものである。同(三)のうち前段を争い、後段を否認する。裁判所としては競落人に対して単に競落代金支払期日のみを指定して右期日の呼出の通知をしているだけである。同(四)乃至(七)の各点を争う。尚名古屋地方裁判所の不動産競売手続において持分を定めてする競買申出を許していることは認める。要するに請求の原因たる事実のうち右各問題点を除く基礎たる事実を認めるも共同競落人の競落代金支払義務の性質および原告が保証金返還請求権を有する点を争う。不動産の共同競落人の競落代金支払義務は、競売手続が私法上の取引でなく、国家機関による公法上の処分たる性格を有すること、競売手続においてはなるべくその繁雑を避け代金の取得の確実、迅速を期することが必要であること、競売法および民事訴訟法中に共同競落人の代金支払義務が分割債務であることを予想した規定のないことなどにかんがみるときは、共同競落人の代金支払義務は不可分債務あるいは連帯債務に属すると解するのが相当である。(昭和一一年三月一七日大審院決定民集一五巻四八三頁参照)したがつて本件の場合に原告が自己の持分のみに相応する競落代金の残額および諸費用を提供したのに対し競売裁判所がその受領を拒んだのは違法ではなく、再競売の結果、競売法第三二条第二項、民事訴訟法第六八八条第五項の規定により原告は保証金の返還を求めえなくなつたものというべきである。と述べた。

証拠《省略》

理由

請求の原因たる事実(一)の点、同(二)のうち受領拒絶の点と同(三)の点を除くその余の点、即ち共同競落人の競落代金支払義務の性質および原告が保証金返還請求権を有する点を除くその余の基礎たる事実は当事者間に争いがなく、競売目的の一部分である持分の競買申出を認めたことを認むべき証拠なく、裁判所より競落人に対し競買代金の払込を通知する場合各別にその負担部分について代金払込を請求していることを認むべき証拠もない。ただ名古屋地方裁判所の不動産競売手続において持分を定めてする競買申出を許していることは被告の認めるところであるけれどもこれは共同競買人に各自独立の行為乃至原告主張の持分のみの競買を許容しているものではなく一個の競売手続の遂行という制約の下に便宜認められたものたるに止るものと解すべく、よつて共同競買人間に保証の預託、競落代金の支払について不可分乃至連帯債務の特約乃至その申出がなされなくても共同競買人の各持分に応じた保証の負担部分がすべて預託されなければ適法な共同競買の申出とはなりえなく、又共同競落人の各持分に応じた競落代金の負担部分がすべて支払われなければ代金の完納とはなりえなく、この場合において代金の負担部分未払の共同競落人については再競売手続を進め、その支払をなした共同競落人の競落のみを許可しえないことは原告も当然のこととしてこれを認めており、結局全体として再競売手続を進めなければならないことは原告も否定しないところというべく、かくて共同競落人の一部の者のみの代金の負担部分の提供を債務の本旨に従つた履行の提供と認めることはできないものと解するのを相当とする。これが代金未完納により再競売が行われた場合の不足額の賠償責任(競売法第三二条第二項、民事訴訟法第六八八条第五項)も代金支払の確実を期する制裁的規定に基づくものであるから共同競落人は連帯してこれを負担するものと解せざるをえない(兼子一強制執行法二四四頁参照)。要するに競落手続は被告所説の通り私法上の取引ではなく、国家機関による公法上の処分たる性格を有し競売手続においてはなるべく繁雑を避け代金の取得の確実、迅速を期することが必要であり、競売法及び民事訴訟法中に共同競落人の代金支払義務が分割債務であることを予想した規定は存しないのでこれら諸観点によつてこれをみると競落代金の支払は右競売手続の性質に鑑み共同競落人の連帯義務に属するものと認むべく(大審院決定昭和一一・三・一七、法律学全集競売法斎藤秀夫一四七頁参照)、原告の前記持分に応じた競落代金の負担部分のみの提供をもつて債務の本旨に従つた履行の提供となすことはできないので原告の預託した前記保証金の負担部分を原告に債務不履行の廉の存しないものとして当然返還すべきものとなしえない。

よつて原告の請求を失当として棄却し、民事訴訟法第九六条、 第八九条により主文のように判決する。〈名古屋地方裁判所民事第六部〉(小沢三朗 日高乙彦 太田雅利)

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